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【画像】大塚範一の若い頃がイケメンすぎ!昔の経歴や出演番組を時系列で比較!


アナウンサーや司会者として活躍していた大塚範一さん。

その若い頃の姿がイケメンすぎると話題なんです!

さらに、若い頃にどんな番組に出て、どんな経歴を辿ってきたのかも気になりますよね。

そこで今回は、

  • 大塚範一さんの若い頃のイケメン画像
  • 若い頃の出演作品や経歴
  • 若い頃と現在の髪型比較

についてまとめました!

目次

【画像】大塚範一の若い頃(昔)がイケメンすぎ!

アナウンサーとして長く活躍してきた大塚範一さん。

その若い頃がイケメンすぎると話題なんです!

フクイくん

最近は長く闘病生活を続けているみたいだからちょっと心配だけど…

早速、大塚範一さんの若い頃の画像を見てみましょう。

イケメン!爽やかすぎる!

落ち着いた、大人の魅力を感じます。

大塚範一さん、若い頃から大人な雰囲気でかっこいいですね!

大塚範一の若い頃(昔)の出演番組や経歴を時系列でまとめ!

若い頃からイケメンな大塚範一さんですが、現在までどんな経歴を辿ってきたのか、時系列でまとめてみましょう!

20~30代の頃

アナウンサーを始めた20代から30代までの大塚範一さんの経歴を見てみましょう。

20~30代の大塚範一さんの経歴まとめ

・1973年(25歳):NHK高松局にアナウンサーとして入局

・1977年(29歳):NHK広島局に異動

・1980年(32歳):NHK名古屋局に異動

・1980年(32歳):名古屋局のローカル番組で月1回のシリーズコーナーを担当

・1982年(34歳):第64回全国高等学校野球選手権大会で実況を担当・1985年(37歳):スポーツニュース番組「サンデースポーツスペシャル」で司会を担当

大塚範一さんは早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業後、1973年にNHKに入局しました。

早稲田大学在学中に多くの先輩がメディアで活躍していたことや、当時最盛期を迎えていた学生運動の影響でマスコミへの志望意欲が高まったこともあり、アナウンサーを志したのだそうです。

NHKに入ってからは、スポーツアナウンサーを目指すようになりました。

はじめのうちは、高校野球の地方大会のスタンドなどで実況の練習をし、周りのお客さんに笑われながらも場数を踏むことで実況の技術を磨いたのだと言います。

1982年の全国高校野球第1回戦、あと一歩で大会史上初の完全試合になりえた佐賀商業高校vs木造高校戦の際は、テレビ放送での実況も務めました。

フクイくん

この他にも、全日本卓球選手権やアメフトの試合など、色々なスポーツの実況を担当していたみたいだね!

1985年からは、星野仙一さん、野中ともよさんと共に「サンデースポーツスペシャル」の司会を務めました

「サンデースポーツスペシャル」は、プロ野球の試合速報、その他スポーツニュースや選手へのインタビューなどスポーツに関する話題を発信する情報番組。

元プロ野球選手がキャスターを務めるのが番組の売りの1つで、その初代を務めた星野仙一さんを、大塚範一さんはアナウンサーとしてとなりで支えました。

40代の頃

40代の大塚範一さんはどんな経歴を辿ってきたのでしょうか?

40代の大塚範一さんの経歴まとめ

・1988年(40歳):情報クイズ番組「クイズ100点満点」で司会を担当

・1991年(43歳):第42回NHK紅白歌合戦でラジオ実況を担当

・1994年3月(46歳):NHKを退局

・1994年4月(46歳):情報番組「めざましテレビ」の総合司会を担当

・1996年(48歳):情報バラエティー番組「月曜日が待ち遠しい!」に出演

大塚範一さんはスポーツアナウンサーとして活躍する一方で、40代に入ってからはバラエティー番組クイズ100点満点」でも司会を担当しました。

長い間スポーツの実況やキャスターなどで活躍していましたが、バラエティーへの出演はこの番組が初めて。

スポーツと違って毎週変わるテーマに、始めのうちは戸惑うこともあったと言います。

生放送で時事ネタも多く間違いも絶対に許されない中、時には本番直前まで電話で確認するなど、徹底的にチェックを重ねて本番に臨んだそうです。

そんな大塚範一さんの仕事への真摯な取り組みもあって番組は人気を博し、その後6年間にわたって放送が続きました。

フクイくん

大塚範一さんはその持ち前の頭の回転の速さで、スタジオの解答者のリアクションを引き出すのも上手だったみたいだね!

6年間担当した「クイズ100点満点」が1994年3月に終了すると、大塚範一さんはNHKを退局し、同年4月からは朝の情報番組「めざましテレビ」の総合司会を担当することになりました。

進行役を務めながらコメンテーターも務め、しかもジャンルは政治、経済からスポーツや芸能まで多岐にわたるという総合司会の立場は、それまでの仕事とはまた違った特異な立場だったそうです。

そんな中、精一杯世の中の出来事を追いながらも、”優しく、丁寧に、親切に”を徹底して毎日の放送に臨んでいたという大塚範一さん。

そんな誠実な人柄はテレビの画面越しにも伝わり、フジテレビの『朝の顔』として、長い間視聴者から愛される存在となりました。

50代の頃

大塚範一さんが世間に広く知られてからの、50代の経歴も見ていきましょう。

50代の大塚範一さんの経歴まとめ

・2001年(53歳):報道・情報番組「情報プロジェクトS」で総合司会を担当

・2001年(53歳):映画「みんなのいえ」(淋しそうな花屋役)に出演

・2002年(54歳):ドキュメンタリー番組「現代進行形TVイマジン!」でキャスターを担当

・2002年(54歳):報道・情報番組「土曜LIVEワッツ⁉ニッポン」で総合司会を担当

・2003年(55歳):バラエティー番組「産直限定!通販バトル」で司会を担当

・2003年(55歳):バラエティー番組「交通バラエティ・日本の歩きかた」で司会を担当

・2005年(57歳):情報バラエティー番組「情報ドラマチックもくげき!」で司会を担当

「めざましテレビ」の印象が強く、フジテレビのアナウンサーだと思われがちな大塚範一さんですが、NHKを退局後は、フリーアナウンサーとして活動をしていました。

とは言ってもしばらくはフジテレビとの専属契約を結んでいたようですが、50代半ば頃からは、放送局を問わず色々な番組に出演するようになりました。

そんな大塚範一さんは、2002年から放送された「土曜LIVEワッツ⁉ニッポン」でも総合司会を任されます。

政治・スポーツ・国際情勢などあらゆるジャンルのニュースを専門家やコメンテーターと共に掘り下げ、視聴者により詳しく、わかりやすく伝えました。

大塚範一の若い頃(昔)の髪型は?

大塚範一さんは若い頃どんな髪型だったのでしょうか?

若い頃の髪型は七三分けにした髪の毛をオールバック風にスタイリングしています。

カラーはしておらず黒髪で、スッキリとしていて清潔感がありますね。

フクイくん

若い頃の髪型も素敵!似合う!

そして50~60代以降は、若い頃よりもタイトなオールバックにしています。

やはりカラーはしていないようで、自然なグレーヘアがお似合いです。

様々な髪型を経験してきた大塚範一さんですが、どんな髪型でも似合っていますね!

若い頃から第一線で活躍し続けてきた大塚範一さん。

2011年に急性リンパ性白血病と診断され、闘病生活を続けておられますね。

1日も早く元気な姿を見られることを願っています!

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