当ページのリンクには広告が含まれています

【画像】竹内まりやの若い頃が可愛すぎ!昔の歌や経歴を時系列まとめ!


歌手として幅広く活躍している竹内まりやさん。

その若い頃の姿が可愛すぎると話題なんです!

さらに、若い頃にどんな歌を出して、どんな経歴を辿ってきたのかも気になりますよね。

そこで今回は、

  • 竹内まりやさんの若い頃の可愛い画像
  • 若い頃の歌や経歴
  • 若い頃と現在の画像比較
  • 若い頃と現在の髪型比較

についてまとめました!

目次

【画像】竹内まりやの若い頃(昔)が可愛すぎ!

歌手として多くのファンを魅了してきた竹内まりやさん。

その若い頃が可愛すぎると話題なんです!

早速、竹内まりやさんの若い頃の画像を見てみましょう。

可愛い!正統派美人!

面影を感じます。

竹内まりやさん、若い頃から色気があって可愛いですね!

竹内まりやの若い頃(昔)の歌や経歴を時系列でまとめ!

若い頃から可愛い竹内まりやさんですが、昔の歌や経歴はどうだったのか、時系列でまとめてみましょう!

20代の頃

20代の頃の経歴を見てみましょう。

20代の竹内まりやさんの経歴まとめ

・1978年(23歳):シングル「戻っておいで・私の時間」アルバム「BEGINNING」でCDデビュー

・1979年(23歳):多数の音楽賞を受賞

  • 銀座音楽祭 グランプリ
  • 新宿音楽祭 金賞
  • 日本歌唱大賞 新人賞
  • 日本レコード大賞 新人賞

・1979年(23歳):イタリアのサンレモ音楽祭に出場

・1980年(24歳):資生堂CMソング「不思議なピーチパイ」が大ヒット

・1981年(25歳):ストレスや過労で入院、一時休業に入る

・1982年(26歳):ミュージシャンの山下達郎さんと結婚

・1984年(28歳):山下達郎さんが役員を務める事務所アルファ・ムーンに移籍

・1984年(28歳):全曲自身作詞・作曲のアルバム「VARIETY」リリース

・1984年(28歳):第1子となる女児を出産

・1984年(28歳):薬師丸ひろ子さんに「元気を出して」を楽曲提供

1978年、23歳の時、シングル「戻っておいで私の時間」、アルバム「BEGINNING」でデビューした竹内まりやさん。

当時、ちょうど女性アイドルが不在であった為に、そのルックスも相まってアイドル歌手のような立ち位置だったそうです!

1979年、24歳にリリースした「SEPTEMBER」がロングヒットを記録し、第21回日本レコード大賞 新人賞を受賞

フクイくん

レコード大賞を受賞したのは20代だったのか!

ちなみにこのシングルのB面である「涙のワンサイデッド・ラヴ」は竹内まりやさんが作詞作曲をし、後に公私ともにパートナーとなる山下達郎さんが編曲を担当しています。

1982年、26歳の時にミュージシャンの山下達郎さんと結婚

雑誌の表紙やバラエティ番組の出演等、自分が希望する歌手活動以外の仕事も増えギャップに悩んでいたところ、親身に相談に乗ってくれたのが山下達郎さんだったそうです。

結婚を機にメディアへの出演はほとんどしなくなった竹内まりやさん。

自分のやりたいことに専念することでますますヒット曲を生み出し、活躍していきます!

30代の頃

30代を迎えた竹内まりやさんの経歴を見てみましょう。

30代の竹内まりやさんの経歴まとめ

・1986年(31歳):中山美穂さんに「色・ホワイトブレンド」を楽曲提供

・1989年(34歳):『火曜サスペンス劇場』主題歌「シングル・アゲイン」がロングヒットを記録

・1990年(35歳):『火曜サスペンス劇場』主題歌「告白」をリリース

・1992年(37歳):アルバム「Quiet Life」がミリオンセラーとなる

・1994年(39歳):シングル「純愛ラプソディ」が自身最大のヒット曲となる

結婚、出産を機にライブ活動を減らし、夫である山下達郎さんからのサポートを受けながらシンガーソングライターとして活躍の場を広げていった竹内まりやさん。

  • 薬師丸ひろ子さん
  • 中森明菜さん
  • 中山美穂さん

等、数々の歌手に楽曲提供をしました。

1986年に中山美穂さんに提供した「色・ホワイトブレンド」の製作は、寝ている子どもを起こさないように洗面所にミニキーボードを持ち込んで作業したそうですよ!

『火曜サスペンス劇場』の主題歌でも知られる竹内まりやさんの名曲。

8代目主題歌は1989年に「シングル・アゲイン」が、9代目主題歌には1990年に「告白」がリリースされ、どちらもロングヒットとなりました。

フクイくん

シンガーソングライターとしての幅を広げて、ますます魅力的になっていくなぁ~

40代の頃

40代の竹内まりやさんはどんな経歴だったのでしょうか?

40代の竹内まりやさんの経歴まとめ

・1995年(40歳):ケンタッキーフライドチキンのCM曲「今夜はHearty Party」リリース

・1997年(42歳):広末涼子さんに「MajiでKoiする5秒前」を楽曲提供

・1998年(43歳):ドラマ『眠れる森』主題歌の「カムフラージュ」リリース

・2000年(45歳):本格的にライブ活動を再開

・2001年(46歳):アルバム「Bon Appetit!」がミリオンセラーとなる

・2003年(48歳):初のカバーアルバム「Longtime Favorites」リリース

1995年からケンタッキーフライドチキンのキャンペーンソングとして使用された「今夜はHearty Party」。

クリスマス時期にぴったりなパーティーソングです。

当時、木村拓哉さんが出演するドラマに触発された竹内まりやさんが歌詞に「キムタク」と入れたのがきっかけとなり、冒頭や間奏のセリフ、コーラスにも木村拓哉さん本人が参加しています!

フクイくん

若い頃も可愛いけど、40代になってオトナの魅力が増した竹内まりやさんもすごく素敵!

40代後半に入り、子育てが落ち着いたことで本格的にライブや新譜リリースを再開した竹内まりやさん。

2001年には9年ぶりとなるオリジナルアルバム「Bon Appetit!」をリリースしました。

これまで音源化されていなかった作品や他のミュージシャンへの提供曲のセルフカバー等も含めた集大成的なアルバムとなっています。

この作品ではオリコンチャート1位を記録、累計売上はミリオンセラーを達成しました!

50代の頃

50代の頃の経歴を見てみましょう。

50代の竹内まりやさんの経歴まとめ

・2008年(53歳):ドラマAround40 〜注文の多いオンナたち〜主題歌「幸せのものさし」リリース

・2008年(53歳):「竹内まりやソングミュージカル 本気でオンリーユー」開催

・2008年(53歳):NHK連続テレビ小説ドラマ「だんだん」の主題歌、劇中歌、ナレーションを担当

・2008年(54歳):ベストアルバム「Expressions」リリース

・2013年(58歳):自身が選曲・監修・楽曲解説の執筆を務めコンピレーションアルバム「Mariya's Songbook」リリース

・2013年(58歳):故郷である出雲市からの依頼を受け「愛しきわが出雲」を書き下ろし、提供

・2014年(59歳):33年ぶりとなる全国ツアー「souvenir 2014」を開催

2008年、53歳の時にNHK連続テレビ小説ドラマ『だんだん』の主題歌「縁の糸」と劇中歌「いのちの歌」、ナレーションを担当しました。

ヒロインを務めた三倉茉奈さんと三倉佳奈さんに、「いのちの歌」を楽曲提供しています。

「いのちの歌」の作詞は「Miyabi」とされていますが、実は竹内まりやさん本人のペンネームであったことを、2010年に日本武道館で行われたライブ初日に発表しました。

フクイくん

「いのちの歌」の作詞が竹内まりやさんであること、連ドラが放送されていた当時は主演のマナカナにも伏せられていたんだって!

2013年、58歳の時に故郷である島根県出雲市からの依頼を受け、「愛しきわが出雲」を書き下ろしました。

こういった地元への貢献もあり、2015年には出雲市から特別功労者として表彰も受けています!

竹内まりやの若い頃(昔)と現在を画像で比較!

竹内まりやさんの若い頃の画像や経歴を見てきましたが、若い頃と現在の竹内まりやさんは変わっているのでしょうか?

昔の竹内まりやさんと現在の竹内まりやさんを画像比較してみましょう。

若い頃も現在も、なんて可愛くて美人なのでしょうか!

フクイくん

美しすぎて惚れ惚れしちゃう

メイクは若い頃とは違っていますが、歳を重ねても変わらず美しい竹内まりやさんですね!

竹内まりやの若い頃(昔)の髪型は?

竹内まりやさんは若い頃どんな髪型だったのでしょうか?

若い頃の髪型はパーマのかかったセミロング

ボリュームのあるヘアスタイルが当時の流行りでしたね。

フクイくん

若い頃の髪型もすごく可愛い!

そして、現在はレイヤーの入ったロングヘア

いろんな髪型を経験してきた竹内まりやさんですが、どんな髪型でも似合っていますね!

若い頃から可愛くて、第一線で活躍し続けてきた竹内まりやさん。

これからも応援しています!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次