歌手や女優として幅広く活躍している由紀さおりさん。
その若い頃の姿が可愛すぎると話題なんです!
さらに、若い頃にどんな歌を歌い、どんな経歴を辿ってきたのかも気になりますよね。
そこで今回は、
- 由紀さおりの若い頃の可愛い画像
- 若い頃の歌や経歴
- 若い頃と現在の髪型比較
についてまとめました!
【画像】由紀さおりの若い頃(昔)が可愛すぎ!
歌手として多くのファンを魅了してきた由紀さおりさん。
その若い頃が可愛すぎると話題なんです!
早速、由紀さおりさんの若い頃の画像を見てみましょう。
#グラビア図書館
— 一般社団法人グラビア図書館2 (@kobayashiyori1) August 8, 2025
写楽 11
ル−ムライト
ル−ムライトにぼんやり
あなたの横顔が見える
そのせいじゃなく
疲れてるみたい
以下画像、週刊言論
1969年6月4日号より
由紀さおりさん pic.twitter.com/biyVrqSOZw
可愛い!正統派美人!
「夜明けのスキャット」「手紙」で歌謡界のトップスターだった頃の由紀さおり。当たり前だけど、若くてピチピチしている。由紀さん、こんな時代もあったんだね。私の知っている由紀さんは、もう少し年を重ねて大人の色気が出はじめた時期。 pic.twitter.com/rs3hkZfQgd
— 函館のシト (@hakodatenoshito) May 9, 2025
面影を感じます。
ユキエさん予想の予想~~
— きんどーちゃん@茉奈氏推し、これからもずっと💕 (@chan_kindo) March 20, 2024
由紀さおり~♬手紙
これ一択ぢゃね?
#キュウオン pic.twitter.com/yApyiz7noW
由紀さおりさん、若い頃から色気があって可愛いですね!
由紀さおりの若い頃(昔)の出演作品や経歴を時系列でまとめ!
酒井法子のニコ生公式チャンネル
— 株式会社スマイル (@noripsmile) July 13, 2023
「のりニコッ!」
本日の記念すべき第1回のゲストとして由紀さおり様にお越しいただき、感謝感激の生配信となりました。
ありがたきお言葉もいただき、改めまして、ありがとうございました🙇♀️
これからも楽しい配信ができるよう頑張ってまいります!#のりニコ pic.twitter.com/BUqPuxhw8r
歌手としてだけでなく、コメディエンヌや女優、司会に渡るまで幅広い才能を生かしている由紀さおりさん。
若い頃からかわいい由紀さおりさんですが、昔の歌や経歴はどうだったのか、時系列でまとめてみましょう!
10代~20代の頃
小学校1年生の頃から童謡歌手として活躍していた由紀さおりさん。
そんな由紀さおりさんは、こんな10代~20代を過ごしています。
・1965年(19歳):本名の『安田章子』名義で歌謡曲デビューし、多数の歌をリリース
- シングル「ヒッチハイク娘」
- シングル「どこにいるのパパ」
- シングル「お別れの泪」
・1966年(20歳):シングル「ふるさとの牧場」をリリース
・1969年(23歳):『由紀さおり』名義でシングル「夜明けのスキャット」をリリースし、再デビュー
・1969年(23歳):音楽プロデューサーの大森昭男さんと結婚
・1969年(23歳):バラエティ番組「8時だョ!全員集合」に出演
・1970年(24歳):多数の歌をリリース
- シングル「手紙」
- シングル「生きがい」
・1971年(25歳):多数の歌をリリース
- シングル「この愛を永遠に」
- アルバム「男のこころ」
・1972年(26歳):シングル「りんどうの花」をリリース
・1973年(27歳):多数の歌をリリース
- シングル「ルーム・ライト」
- シングル「恋文」
・1974年(28歳):シングル「挽歌」をリリース
・1975年(29歳):シングル「季節風」をリリース
由紀さおりさんは童謡歌手時代は本名の『安田章子』名義で姉の安田祥子さんと共に活動し、少女雑誌のモデルなども務めていました。
安田章子(由紀さおり)の初期シングル。
— カエル純 (@kaerujun) May 12, 2023
一向にCD化されないなあ...。
ヒッチハイク娘 (1965) https://t.co/Hr3l40FqIn
夜の東京 君と飛ばそう (1966) https://t.co/lzqlG4njU2 pic.twitter.com/Oe01EiCqJr
1965年(当時19歳)に歌謡曲デビューするも、なかなかヒットに恵まれずに停滞していたようです。

由紀さおりさんは若い頃から歌手として活動していたけれど、下積み時代からCMソング界にも参入していたんだって!歌ったCMソングはなんと約300曲にものぼるんだとか。
キャバレーやナイトクラブでの出演などの下積みを経て、23歳を迎えた1969年に現在の『由紀さおり』名義で再デビューを果たします。
由紀さおりさんが再デビューの際にリリースしたシングル「夜明けのスキャット」は、なんと売り上げ150万枚のヒット!
今夜最後のリクエストは…
— 匿名探偵 (@tokumei2856) December 18, 2023
♬由紀さおり『夜明けのスキャット』 #ミュージック10 pic.twitter.com/2zHItmN98P

若い頃からすでに歌手として奔走していた由紀さおりさんにとっては念願のヒットだね!
翌年の1970年(当時24歳)に、由紀さおりさんは自身の代表曲となるシングル「手紙」をリリースし、第12回 日本レコード大賞 歌唱賞を受賞しました。
手紙/由紀さおり#tabjun1422 pic.twitter.com/sAtWcCXFnl
— Rick’s Cafe (@rick_dandy_824) July 15, 2023

「手紙」は6週連続で1位を獲得するほどの大ヒット!由紀さおりさんは再デビュー後、一気に人気になっていったんだね~
さらに、1973年27歳の時にリリースしたシングル「恋文」では、第15回 日本レコード大賞 最優秀歌唱賞に輝きました!
#誕生日おめでとう #由紀さおり
— PPMnow (@patties_ron) November 12, 2020
1948.11.13 〜
由紀さおり 手紙 https://t.co/tDaLccXcQm
恋文https://t.co/XzcLzW8SAy pic.twitter.com/vb518A3C2F
プライベートでは、『由紀さおり』名義で再デビューした年である1969年(当時23歳)に、音楽プロデューサーの大森昭男さんと結婚しています。
2人の出会いはなんと由紀さおりさんが中学生の頃で、当時敏腕ディレクターだった大森昭男さんは由紀さおりさんにとって「歌い手としての方向性を教えてくれた師匠」のような存在だったのだとか。

その後、由紀さおりさんは高校時代にプロポーズされて、短大卒業と同時に結婚したんだって~!
長い下積みを経たデビュー後、由紀さおりさんは凄まじい勢いで知名度を上げた20代を過ごしていましたね!
30代の頃
ますます美人で可愛くなっていく30代の由紀さおりさん。
30代の頃の経歴を見てみましょう。
・1976年(30歳):シングル「ふらりふられて」をリリース
・1976年(30歳):ドラマ「九丁目、泣いて笑った交差点女の中の男一匹」(古山夏江役)に出演
・1977年(31歳):多数の歌をリリース
- シングル「う・ふ・ふ」
- シングル「やりなおしたいの」
・1978年(32歳):バラエティ番組「ドリフ大爆笑」にレギュラー出演
・1979年(33歳):多数の歌をリリース
- シングル「愛を切り札にして」
- シングル「愛したもうことなかれ」
・1979年(33歳):ドラマ「おだいじに」(綾子役)に出演
・1980年(34歳):多数の歌をリリース
- シングル「たそがれタペストリー」
- シングル「男ともだち」
・1981年(35歳):多数の歌をリリース
- シングル「両国橋」
- シングル「渥美地方の子守唄」
・1982年(36歳):「おもしろサンデー」に司会として出演
・1983年(37歳):映画「家族ゲーム」(沼田千賀子役)に出演
・1983年(37歳):大森昭男さんと離婚
・1984年(38歳):多数の歌をリリース
- シングル「このままがいいの」
- シングル「TOKYOワルツ」
・1985年(39歳):童謡アルバム「あの時、この歌」をリリース
1977年31歳の時に、由紀さおりさんはシングル「う・ふ・ふ」をリリースしました。
夜勤前に 由紀さおりさんのLP
— てらやん (@cantabile_jun) February 21, 2018
「由紀さおり 宇崎竜童を歌う
う・ふ・ふ」
竜童さんの曲を由紀さんが上品に歌いあげてます。レコードで買ったけど、由紀さおり さんのアルバムはCDで買って車を走らせて聴きたいなぁ。大人のPOPSですね pic.twitter.com/UvJxdyxusw

30代になった由紀さおりさん、ますます色気が出てきて素敵!
由紀さおりさんは、33歳を迎えた1979年に紅白歌合戦を「卒業」扱いになったことで、歌手として挫折を味わうことになったそうです。
当時のことを、由紀さおりさんは
あの時は自分が歌を歌っていて良いのか、自分が歌うべき歌はどういう歌なのかを考え込んでしまった。
と語っています。

当時は紅白歌合戦に出場することが歌手としての大きな目標だった時代だから、「卒業」扱いとなったことで由紀さおりさんはすごくショックだったみたい。
しかし由紀さおりさんは、歌手としてだけでなくコメディエンヌや女優、司会としての才能も豊かでした!
由紀さおりさんが若い頃からゲスト出演していたバラエティ番組「8時だョ!全員集合」では、いかりや長介さんからコメディエンヌとしての才能を高く評価されていたといいます。

由紀さおりさんはヒット曲が多かった上、コメディエンヌとしての才能もあったために頻繁にゲストとして呼ばれていたみたい!
1978年から始まったバラエティ番組「ドリフ大爆笑」では、由紀さおりさんはゲストとしては最多の出演数を誇り、コントのオチを任せられるほど信頼されていたんだとか。
いかりや長介がいかに由紀さおりに絶大な信頼を置いていたかはドリフ大爆笑の77年〜87年までの10年間を観れば分かる。
— 草笛健吾 (@tensame) February 29, 2024
由紀さおり曰く「私は6人目のドリフターズ」
この説得力ですよ。 pic.twitter.com/6wuykqBWg3
1983年(当時37歳)に、由紀さおりさんが出演した映画「家族ゲーム」では、ちょっと軽いおとぼけな母親役を演じ、第7回 日本アカデミー賞 優秀助演女優賞を受賞しています!
「家族ゲーム」面白い!子供の頃テレビで見て以来だけど今見ても面白い。とにかく変。なにがどう変なのか文字に出来ないけど一切のBGM無しでクセのあるキャラクター揃えたシュールな作品。人物背景もしっかり描いているのは流石。とぼけた由紀さおりさん最高。 pic.twitter.com/LJlkkhVPLb
— derra! (@derra8nagoya) December 24, 2019
同年1983年、プライベートでの由紀さおりさんは、当時多忙を極めていたことでのすれ違いから大森昭男さんと離婚しました。
30代の由紀さおりさんは、歌手としての挫折を味わう経験をしながら、コメディエンヌや女優としての才能を開花させてマルチに活躍していましたね!
40代の頃
40代を迎えた由紀さおりさんの経歴を見てみましょう。
・1986年(40歳):姉の安田祥子さんと共に童謡コンサートを開始する
・1986年(40歳):バラエティ番組「志村けんのバカ殿様」に出演
・1987年(41歳):シングル「お先にどうぞ」をリリース
・1987年(41歳):連続テレビ小説「チョっちゃん」(北山みさ役)に出演
・1988年(42歳):多数の歌をリリース
- シングル「矢車草~夢二のおんな~」
- シングル「心の家路」
・1989年(43歳):シングル「HIROSHIMA」をリリース
・1990年(44歳):シングル「ねどがんせ」をリリース
・1991年(45歳):シングル「トルコ行進曲」をリリース
・1994年(48歳):ドラマ「サザンスコール」(杉野紀子役)に出演
・1995年(49歳):シングル「赤い星 青い星〜天文カラットの星から〜」をリリース
40歳を迎えた1986年、由紀さおりさんは声楽家の姉・安田祥子さんと童謡コンサートを開始し、再び歌手としての活動に注力するようになります。
童謡コンサートの影響で1985年(当時39歳)にリリースしたアルバム「あの時、あの歌」がヒットし、由紀さおりさんは1986年40歳の時に第28回 レコード大賞 企画賞を受賞しました!
母、介護ベッドで食後の二度寝。BGMは由紀さおり・安田祥子『あの時、この歌 第五集』・・・「かなりや」「われは海の子」「月の砂漠」「春の小川」など。こういう美しい歌声の童謡が症状に効くらしい。 pic.twitter.com/QYIN6vjlPa
— ヘルベルト•フォン•スダヤン (@suda_yan) March 25, 2016
童謡ブームを巻き起こしたことで、由紀さおりさんは姉の安田祥子さんと共に1987年の第38回紅白歌合戦に出演し、「赤とんぼ~どこかに帰ろう」を披露しました。
そして1992年(当時47歳)には、第43回紅白歌合戦で紅組のトリを務めました!

由紀さおりさんは「紅白歌合戦」をきっかけに一度挫折したけれど、歌手としてさらにパワーアップして紅白歌合戦に戻ってきたんだね。
また、同年の1986年に始まったバラエティ番組「志村けんのバカ殿様」に、由紀さおりさんは腰元のひとりとして出演。
40代~50代の方なら、この画像を見ただけで、由紀さおりが何を言っているのか、志村けんのバカ殿がどんな表情をしているか、どんな音楽が流れているのかが全てわかると思う。
— 中井かんいち (@ichikawakon) June 19, 2024
今あらためて観ると、由紀さおりさんは実に「いい女」なのがわかります。さんざん「婆さん」呼ばわりされておりましたが😅 pic.twitter.com/MrrMNwILcB
「8時だョ!全員集合」からの援軍として出演した由紀さおりさんは、「年齢詐称して殿に刀を持ち出される」のが役として定番のネタだったのですが、由紀さおりさん自身はこの役を気に入っていて再出演を熱望していたのだそうです。
50代の頃
50代の由紀さおりさんはどんな経歴だったのでしょうか?
・1996年(50歳):シングル「恋祭」をリリース
・1998年(52歳):多数の歌をリリース
- シングル「スイートワルツの流れる川に」
- シングル「夢もうすこし」
・1999年(53歳):シングル「寄り道」をリリース
・1999年(53歳):ドラマ「ヤマダ一族の辛抱」(万代花代役)に出演
・2000年(54歳):シングル「この星のどこかで」をリリース
・2000年(54歳):アメリカ在住の日本食レストランプロデューサーである柴冨哲也さんと結婚(再婚)
・2001年(55歳):多数の歌をリリース
- シングル「あさきゆめみし」
- シングル「虹色の砂時計」
・2002年(56歳):シングル「酔って膝まくら」をリリース
・2002年(56歳):映画「模倣犯」(栗橋寿美子役)に出演
・2003年(57歳):多数の歌をリリース
- シングル「再会ラブソング」
- シングル「帰省」
・2005年(59歳):シングル「十六夜の月」をリリース
・2005年(59歳):様々なドラマに出演
- 連続テレビ小説「ファイト」(駒田絹子役)
- ドラマ「ハルとナツ 届かなかった手紙」(中山トキ役)
- ドラマ「anego」(野田厚子役)
由紀さおりさんは、50代に入ってからも安田祥子さんと2人での歌手活動を精力的に行っていきます。
1997年51歳の時に出演した紅白歌合戦では、スキャットでの「トルコ行進曲」を歌ったことで全国的に認知され、姉妹としての歌では「トルコ行進曲」が代表曲として挙げられるようになりました!
#くくりクエスト #グッドタイム
— 桜田ヒロム🐴♎🅰️🚭 (@fightingdolls) September 20, 2022
初めて聴いたときは
ティアララルンが衝撃的でした。
由紀さおり·安田祥子 姉妹
『トルコ行進曲』 pic.twitter.com/gRNkZMacYu

姉妹でのレパートリーは童謡だけに留まらず、アニメ主題歌や歌謡曲、オリジナル楽曲まで多岐に渡るよ~!
プライベートでは、由紀さおりさんが54歳を迎えた2000年に、アメリカ在住の日本食プロデューサーである柴冨哲也さんと結婚(再婚)しました。
この時の事を由紀さおりさんは
女として最も充足していた幸せな時期だった
と語っています。

由紀さおりさんは子宮を全摘出している過去があり、恋愛を諦めていた頃に柴冨哲也さんと出会ったんだって!
由紀さおりの若い頃(昔)の髪型は?
由紀さおりさんは若い頃どんな髪型だったのでしょうか?
由紀さおり📷️#由紀さおり#美人画 #若い頃の写真 #フォロバ100怪しい垢以外 #いいねした人全員フォロー pic.twitter.com/sFF2rbDxEL
— ♂️景🐲🎸💯 (@kei4168) June 28, 2025
若い頃の髪型は肩までの長さの黒髪。
前髪は上げて、髪は全体的に巻いていることが多かったようですね。

若い頃の髪型もすごく可愛い!
【新規公演決定】
— Billboard Live OSAKA【ビルボードライブ大阪】 (@billboardlive_o) June 20, 2025
由紀さおり「三味線 JAZZ LIVE SHOW(昭)TIME!」
~昨年デビュー55周年を迎えた、由紀さおりがビルボードライブに初登場~https://t.co/u33UZJLQEc#billboardliveosaka #由紀さおり pic.twitter.com/6JTitYGrRg
そして、現在は明るい髪色のショートヘア。
いろんな髪型を経験してきた由紀さおりさんですが、どんな髪型でも似合っていますね!
若い頃から可愛くて、第一線で活躍し続けてきた由紀さおりさん。
これからも応援しています!